ふじょしの棚卸し

15年以上のキャリアを持つ腐女子が、BL鉄板シチュに対する考察をしたり、アニメの感想を書いたりします。

元サヤ、インフィニティ

私は、元サヤものの二次創作を深く愛している。

そもそも元の鞘に戻るという表現が何とも言えずエロい。私の中に眠る中学生男子の血が騒ぎだす。
そして実際、人生のある時期を共に歩んだ二人が醸し出す微妙な空気はとてもアダルティだ。


しかし元サヤものにどうしてここまで惹かれるのか、具体的な理由は正直自分でもよくわからないので、この機会に整理してみようと思う。

まず時系列で考えると、当たり前だが付き合っていたという過去がないと元サヤにはなり得ないので、最初は普通に原作での夫婦っぷりやら何やらに興奮してハマる。
そして二人の関係性を色々妄想しているうちに、「あれ、これって別れる未来しかなくない...?」と思い始めて、二人の別れを妄想して勝手に辛くなって身悶えする。

つまりここから考えるに、まず私の元サヤ好きの背景には、ロミオとジュリエット的なやむにやまれぬ別れを予感させるカプに萌えるという嗜好がありそうだ。
そもそもBLに走った時点で障害が多いほど萌えるという属性があることは自覚していたが、元サヤ好きの根幹にもこれが関連していると考えて良さそうだ。

しかしそうだとすると、何故私はお別れ悲恋エンドではなく元サヤエンドを望むのだろうか。

実際、かつての私は、互いへの気持ちを絶ちきるために結婚したものの吹っ切れず、別に誰も幸せになれないような悲恋ものが大好物だった。

しかし、年齢を重ねると色んな事に疲れてくるせいか、最近ではBLにも癒しを求め始めるようになってしまい、悲恋ものが辛すぎて読めなくなってきた。
つまり悲恋ものを嫌いになったという訳では決してなく、悲しいことにそれを許容できるだけの心の余裕がなくなってしまったのだ。

よく社会人になって日常系の良さに気付いたという男性オタクの声をチラホラ見かけるが、それと同じだ。
私ものんのんびよりに癒され、そのあまりに優しい世界に息が詰まり涙した時に、自分の性癖の変化を実感して驚いたものだ。

しかし普段は食べない甘いものを突然食べたくなるように、唐突に悲恋ものを欲することもある。
だが改めて振り返ってみると、そういう欲求はそのカプにハマりたての頃に起こりやすい。

これは考えてみると、自分生来の気質に合う作品を読み漁ったり書き散らしたりすることを通して、自分の中でのカプ観を完成させるための作業と言えるかもしれない。
でもやっぱり段々辛くなってきて、どうにかしてコイツら幸せにならねぇかな、と思い始めて結局元サヤネタに帰還する。


以上のように考えると、私が元サヤに走る背景には悲恋エンドからの逃避という側面があることがわかった。
しかしそのような消極的な理由だけでこれほどまで心震えるはずがない。

元サヤならではの美点について、以下考えていきたい。

第一に、元サヤの場合は過去に色々あったがために普通の馴れ初め話よりも遥かにハードルが高く、なかなか引っ付かない。
これはもだもだ好きとしては非常にポイントが高い。

次に、やむにやまれぬ別れを選択した二人がもう一度やり直すという選択をするという深い物語性だ。
相当な覚悟をもってして別れた二人がやり直すためには、別れたとき以上の覚悟と決意が必要になるため、当然一筋縄ではいかない。
再び相手を傷付けてしまうことを怖れて逃げ回ったり、もう一度手を取り合うまでには様々な障害があるだろう。
そのような数多の壁を乗り越え、再び互いに向き合う二人の覚悟を最後まで見届けることによって、カプ愛がより深まる。

そして最後に挙げたいのは、別れていた期間が二人の関係性に深みを与えるという点だ。
別れている期間は当然フリーなので、誰と何をしようと文句を言われる筋合いはない。
しかし心には相手の存在が深く刻まれているので、別れている期間に他の誰かと深い仲になった時も何となく不義理を働いてるような気分になり、結局いつまでも過去に囚われたままの自分を確認するだけの結果となる。

この悔恨の念は、元サヤに戻ったあとにもふとした瞬間に顔を出し、自責の念を呼び起こす。
また逆に、別れていた間の相手の行動に口出しする権利はないとわかりつつも、つい気になってしまう。
つまり別れていた期間は、本心では互いにひどく関心があり、また容易には消せる感情ではないものの不干渉の領域なのだ。
表面上は別れる前と同じ、ただただ仲睦まじい関係に見えても、内心には二人ともこのような葛藤を抱えている。

これは持論だが、カプは互いに全てを開示しあうのではなくて、不可侵の領域を持っていた方が妄想の余地があって大変そそられる。
元サヤはその典型ともいうべき素晴らしい資質を兼ね備えているということができよう。


ここまで書いてみて、元サヤに対する自分の気持ちが大分整理されたように思う。
やはり自分の中の棚卸しは大事だ。

つまるところ、元サヤもっと増えろください。